- Beyond the Motor Life 別館 -

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

職人的努力についての一考察

1) 日本には「職人的努力」を持て囃す言葉が多い (ex. 塵も積もれば山となる, 一意専心, etc...)。一方で、innovationを称揚する表現は見当たらない。 

2) 「職人的努力」は楽しくなければならない。 

2-1) 「職人的努力」は、一般に“苦しいけど頑張る”という価値観を肯定するように思われている。 

2-2) しかしながら、苦しい努力は大抵三日坊主になる。楽しくない事をやりたい人間はいない。 

2-3) “楽しく努力する”という状態は成立し得る。米心理学者チクセントミハイが「フロー状態」として定式化した。 
cf. M.チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』 

2-4) 楽しい行為は、まさにその事によって、継続的な「職人的努力」を可能にする。 

3) “何を楽しめるか?”には個人差がある。人によって諸体験の内容・重み付けが異なる為。 

3-1) よって、自身が“何を楽しめるか?”については、体験のトライ&エラー及び内省が必要である。 

3-2) 内省の手段としては、千葉雅也氏の推奨する「欲望年表」が有用だろう。 
cf. 千葉雅也『勉強の哲学』 

4) 他方における、innovation的価値基準の確立が必要である。 

4-1) 日本は永らく「職人的努力」により価値を体現してきた。この点は称揚されるべきだ。 

4-2) しかし、職人は一方で「極めて保守的」という側面を持つ。職人は決して新しいものを生み出さない。 

4-3) 新しいものを生み出す事、それがinnovationである。 

4-4) innovationは諸知識とその組み合わせによって生み出される。 
cf. J.W.ヤング『アイデアのつくり方』 

4-5) 知識が多岐に渡る事で、innovationが生み出される確率が高まる。 

4-6) 職人は知性を必要としないが、innovationには知性が必要である。従ってinnovationの価値基準は職人のそれとは異なる。 

4-7) innovationは不安定な価値である。しかしinnovationが無いと新しいものは生まれない。従ってその不安定性を踏まえて、これを一つの価値基準として確立すべきである。 
cf. 古田博司『使える哲学』
スポンサーサイト

勝ち負け。

かつての僕は負けず嫌いだった。今はどうか?
そもそも価値尺度が一元化するから「勝ち負け」が生まれるのだ。
尺度が多元であればそもそも「勝ち負け」は生じない。
結局、僕は負けず嫌いでありながら、「勝ち負け」を避けているのだ。

 | ホーム | 

FC2Ad

カレンダー

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。